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樹木希林 「一切なりゆき」
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    昨年9月に亡くなった個性派大女優が生前残した膨大な言葉の中から特に彼女流狎犬方のエッセンス瓩魄媼韻気擦襦措木希林のことば〜が集められた一冊です。昨年12月に初版が発行されたあと、今もなお書店の特等席に陣取りベストセラーを続けているそうです。「求めすぎない。欲なんてきりなくあるんですから」「しっかり傷ついたりヘコんだりすれば、自分の足しや幅になる」など、飄々としてユーモアたっぷりで味わい深い、真理をついていて心に響く、といった名言が並んでいます。もちろん前回ここで取り上げた夫である内田裕也さんのことも触れています。長い別居生活を送っていた夫婦ですが「主人はとっても人を生かすことができる人間なんです」「お互いに中毒なんです。主人は私に、私は主人に」「実は救われたのは私の方なんです」「存在をそのままに、あるがままを認める」「言葉ひとつで、人が、長い歴史の夫婦が癒される」「向こうが悪いんだと言い続けて、何が生まれるのでしょう」「あのとき、離婚しなくてよかった」、前回からの流れで内田裕也さんとの接点の言葉を一部書き抜きましたがこれは第2章「家族のこと」に記されています。第1章「生きること」、61才で乳がんに罹患し70才の時に全身がんであることを公表した第3章「病のこと、カラダのこと」、第4章「仕事のこと」など6章にわたって常に洞察を忘れず、前向きさを貫いた独特な生き方が伝わってくることばがつづられています。彼女は生涯たくさんのTVや映画に出演していますが、人生の最終章に近いころに出た映画『万引き家族』『あん』『モリのいる場所』など殆どの作品を視覚障がいの皆さんとご一緒した同行鑑賞会で観ていたことに気がつきました。苦しい時、心が重い時、気分がすぐれない時にちょっと手に取って読めばきっと肩が軽くなる、というか救われそうな一冊です。

    posted by: ちあやほーぶん | - | 07:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    内田裕也さん、死去
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      一人の人間の生活にそんなに毎日ドラマはありませんので、このブログを書くため時に取材することもあります。まあだいたい自分の生活の中の音楽・映画・釣り・旅・美術館・本などがキーワードになりますがその本、樹木希林さんのベストセラー「一切なりゆき」を読みすぐにここに書くつもりでいましたが毎日の動きに追われているうち、何と彼女のだんな・内田裕也さんの訃報が届きました。彼女の死から半年後なのですね。車いすの内田裕也さん、皆さんご存知の通りの彼らの家庭生活。女優・悠木千帆さん時代から少し気になっていた俳優さんが何と内田裕也さんと結婚するなんて当時は信じられませんでした。しかも1年半後に別居、40年以上同居なしの夫婦関係だといいます。それでもやはり夫婦の絆は強かったのでしょうね、妻の死後半年であとを追うように亡くなるなんて。

      1973年から毎年行なっている裕也さんご自身が主催する恒例の年越しライブ「ニューイヤーワールドロックフェス」では今年2019年の新年を迎えた一曲目に亡くなった奥さんの樹木希林さんが生前「人生の最後に聞いて逝きたい」と語っていたという「朝日のあたる家」を歌ったということです。ここにも2人の強いきずなを感じました。

       

      そもそも内田裕也という人は、私が社会人としてスタートした時から注目いた人でした。私が放送局に入社した1968年をピークに日本国中GSブームが吹き荒れとんでもないことになっていた中での新社会人です。ブームにのって100以上のグループができたり消えたりしていた中で、入社したばかりの私はスポンサーを見つけてきて週一回30分のGSだけをかける番組を作りました。タイガースやスパイダースなどの人気グループにリクエストハガキが殺到する中で、横浜の「ザ・ゴールデンカップス」や「内田裕也とフラワーズ」は個人的な好みから毎週のように曲を流していたのです。ディブ平尾やエディ藩がいたゴールデンカップスはオリジナル曲はもちろん、マディ・ウォーターズやウィルソン・ピケット、ヴァン・モリソンなどの曲を全曲英語でカヴァーして歌っていました。そしてウエスタンカーニバルでデビューし1966年のビートルズ初来日公演では前座を務めた内田裕也とフラワーズ、のちの「フラワートラベリンバンド」はこちらも全曲歌詞は英語で歌います。しかも旋律は東洋的な曲奏で当時は珍しいサウンドで個人的にもほれ込んでいました。彼らはカナダでも成功を収め海外進出の先駆的な存在として、また日本のロックンロールバンドの最高峰としてその名を日本のロック史に残しています。

      彼自身のドキュメンタリー作品「転がる魂 内田裕也」では樹木希林さんがナレーションを担当しているそうなので観るのが楽しみです。

      posted by: ちあやほーぶん | - | 08:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      ウィンドアンサンブル荷揚、定期演奏会
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        前々からその名は知っていましたが何年前でしたか、OBSの女性アナによる朗読会のゲストで出演してもらったとき、初めて彼らのサウンドを耳にしました。小学生がよくもここまで音を合わせられるものだと感心したものです。それ以降、時間が許す限り彼らの定演には足を運んでいます。そして毎回感動しています。今年行われた大分県アンサンブルコンテストでは金賞を受賞し九州アンサンブルコンテストに出場したこともニュースで知りました。定演も今年は28回目、歴史を刻んできた名門チームですが現在2年生が3人、3年生が2人、4年生が2人、5年生が6人、6年生が3人、合計たった16人しか部員がいない、この春6年生3人が退団するということを当日のプログラムで知りました。この時期に毎年開催される定期演奏会には中学生から社会人までウィンドアンサンブルのOB・OGも参加するようになって今年で4年目だそうです。OGの女性が話していましたが、ここでの経験と活動がその後の自分の生き方に至る所で良い影響を与えているのだそうです。私自身も中・高と6年間ブラスに所属していて今でもメンバーと連絡を取り合って会っているし、何より楽器と共に生活したことが自分の生涯に大きく影響したのは事実です。私のような年齢になっても、彼らの演奏を聴くと興奮しワクワクします。自分の背丈と変わらない楽器を手に、友と心を通わせながら音楽と一体となる。チームワークと子どもたちの一途な気持ちがひと固まりとなり会場全体がぐっとしまって1つになる、子どもたちのチャレンジなのですね。しっかり伝わってきます。25年以上の歴史をもつ大分の小学生吹奏楽クラブ爛Εンドアンサンブル荷揚甕援しています。

         

        木管三重奏「花の香る季節に〜3つの木管楽器のために」

        金管八重奏「てぃーちてぃーる〜沖縄民謡による」

        在団部員16名全員、指揮:佐藤祥子

        打楽器群(メンバーのうち男の子は小学校2年生一人だけ)

        「サザエさん」から

         

        在団生&卒団生合同演奏

         

        posted by: ちあやほーぶん | - | 07:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        これぞ、街なかストリートライブ
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          大分市内も他の都市と同じように公園を中心に街なかのいくつかのポイントで野外ライブが行われるようになり、その風景もすっかり街の中に溶け込んで定着した感があります。さすがにこれまでの寒い季節は場所も限られていましたが、この3月の声を聞くと春を待っていたように各所で一斉に音楽が聞こえ始めました。そうした場所の一つに府内5番街の通りがありますが先週土曜日(今日は朝から雨ですが先週末からきのうまでは天気は良かった)、通りの県庁側に近い田崎洋酒店前で午後1時から夕方まで6組の皆さんが演奏しお客さんと生ライブを楽しみました。待ち遠しかった春の訪れですが今年は暖かい日があるかと思うと急に寒風が吹き荒れます。この日も陽が当たっているとことはいいのですが日陰は冷たい風が吹き抜け、通路のテーブルに座ったお客さんは春の装いの方は寒そうに、まだダウンという冬の格好の人でも少しきゅっと身をちじめながら田崎洋酒店で買ったホットワインを手にジャズやポップスに聞き入ってというか音楽に合わせて身体を動かしていました。今回は「宮田ピアノトリオ」「DORA」「BANBOO BOYS」「Nobby&Milly」「Trio The GT+Yoshiko」「DeeDees」の6グループが出演しました。音の市場爍藤妝裡腺疋汽Ε鵐疋沺璽吋奪鉢瓩發垢辰り定着し、いい感じです。

           

          4人メンバーのうち2人が女性、PAも女性、取材中の合同新聞の記者さんも女性

          「宮田ピアノトリオ」 P:宮田カンナ、B:戸澤亮、打楽器:岩切勇磨

          トリオのフロントにVoとサックスで参加、西田ますみさん

          田崎洋酒店の反対側の陽が当たっていた場所にこの格好でつづっと

          まっちや すいか 「DORA」

          声の通りがいいとてもチャーミングな歌姫さん

          「BANBOO BOYS」

          ギターの山本舜治先生を中心としたブルーグラスバンド

          40年近く活動を続けている、バンジョー・マンドリン・G・B

           

          posted by: ちあやほーぶん | - | 07:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          建築家・磯崎新先生、プリッカー賞受賞
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            皆さんご存知の通り、前回のアートマーケットの会場「アートプラザ」を設計した大分市出身の建築家・磯崎新先生が「建築のノーベル賞」ともいわれる2019年の爛廛螢奪ー賞瓩鮗賞することが決まったといううれしいニュースに大分県内は大いに盛り上がっています。日本人の受賞者は8人目ということですが、60年代から多くの作品を手掛け西洋文明が東洋に影響を与えていた時期に、日本国外で作品を制作していた最初の日本人建築家のお一人ですのですでにこの賞は受賞済みと思い込んでいて「えっ?今頃!」と逆に驚きました。大分に来て初めて当時の大分県立図書館(現、アートプラザ)に足を運んだとき、天窓を配した立方体の特色ある建物に、これがポストモダン建築というのか、と大いに納得したことを思い出しました。

            尚、アートプラザ2階ホールや3階展示室には磯崎作品のち密で精巧な公共建築を中心とした模型が数多く展示されています。殆どが200分の1から50分の1の木製の完成模型ですが、実物の建物とはまた違った芸術品として楽しめます。そしてこの木で作られた精巧な作品群を見ながら思ったのです。このまま木製の建物が建ったらどうなるのかと。日本的要素を排除したポストモダン建築が磯崎作品です。その排除した日本建築の主たる素材の木材を使う。すごいですよ、想像するだけでもワクワクします。そういえば由布院駅舎が木製でしたね。今の耐震技術だと木材を使ってもこうした大型木造物は建築できるのではないでしょうか。目の前の模型のような木材を素材にした磯崎作品が実物として存在したらと思うと・・・完成模型を見ながら一人で勝手に興奮していました。プリッカー賞受賞発表以来、来場者がものすごく増えているそうです。係の方も驚いていました。

             

            アートプラザ

            3階、展示室通路(完成模型の他、書籍等も)

            岩田学園

            JR由布院駅舎

             

            会場で配布されたパンフレットより

            左「ミュンヘン近代美術館」、右「なら100年会館」

            今は、大型体育館も木造で作られています。こうした

            木造大型建築物があの大分駅前に建てられ、保育所や

            子ども病院など働くママさんたちが利用できたら・・・

             

             

             

             

            posted by: ちあやほーぶん | - | 07:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            ものづくり作家の作品展
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              大分県内で活動するアーティスト・ものづくり作家の33回目の作品展爛◆璽函.沺璽吋奪鉢瓩大分市アートプラザで開かれ行って来ました。今回はピックアップアーティストとして大分駅前イルミネーション「おおいた光のファンタジー」の演出監修をしている穴井佑樹さんの特別展示をはじめ約30組のアーティストの手作り作品の展示の他、小さなライブ演奏もあったのでそれも楽しみに行きました。これまでも何度かこのマーケットには顔を出しています。手作り雑貨・革小物・消しゴムはんこ・アクセサリー類・木工芸品・折り紙・手作りおもちゃ・織物・陶器・版画・ブリザードフラワー・つまみ細工等々、それからすっかりお馴染みとなった中野マーク周作さんの陶芸作品などです。まあ、こうして並べてみてもやはり女性が対象ですかね。会場を訪れている人は殆どが女性かその家族連れ、私のような男一人というのは少なかったようです。手作り陶器のお店でぐい飲みのちょこに見入っているとその作家のお店の女性から「あなたも作っている方?」と声がかかりました。確かにここにはいわゆる有名作家、有名ブランドの作品が並んでいるわけではありませんが趣味や興味が高じてここまで達した市井の人々の作品が皆さんの注目を浴びています。この会場の何人かの作家は恐らくネット販売なども手掛けているでしょうがこうしてご自分の作品を直に手にとって感想を言っていただける機会はそうはないでしょう。会場には作り手側の熱気もあふれていました。手作り感の個性と作家の発するエネルギー、会場の配置上、出品作は小物が中心でしたが1つ1つから作り手の思いが伝わってきました。こんなに多くの皆さんが心を込めていろいろなアートを作り出しているのですね。このネット時代、デジタル時代だからこそ、他にはないこの世に一つの個性を形にしている、それを目の当たりにできるこうした機会は本当にありがたいと思います。ぐるっと1周目、詳しく2周目と会場内の作品を見て回りました。

               

               

              写真ではよく分からないが精巧に作られたミニチュア本物パン雑貨

              あまりに可愛いので、孫の土産にとバケット入りなどを買う

              手作り工房には親子連れなど

              ライブ「WARS(マーズ)」

              コントラバス:佐清、ギター:梅木、カフォーン:山内

              普段は激しいロックバンドだがこの日は会場に合わせ

              アコースティックな楽器編成でジャズやビートルズナンバーなど

              3月24日(日)大分都町マリオンビル5F,「ねいろや」でライブ

               

               

              posted by: ちあやほーぶん | - | 07:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              にぎやかな我が家の春の庭
              0

                毎年のことですが3月の声を聞くと急に賑やになる我が家の庭の草花たちです。まだ寒さの残る2月末から咲きはじめるのがサクランボの花、次に白いスイセン、ゆすらうめが芽吹き始めると黄色いラッパ水仙、春の最後にフリージャーが咲きはじめます。そしてその頃にはさくらんぼはそろそろ葉桜に変わり始めます。こうして季節を感じながら自然と共に生きています。

                 

                食用品腫の「セイヨウミザクラ・西洋実桜」

                「さくらんぼ」は桜の子ども「桜の坊」が変化したもの

                ゆすらうめの花、足元には白い水仙

                ゆすらうめの向こうの金木犀の木に刺したミカンにメジロ

                小型の黄色いラッパ水仙が門扉そばでおで迎え

                フリージャー、黄色の次に紫の花が咲き、春の庭の役者がそろう

                 

                posted by: ちあやほーぶん | - | 07:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                救命センターの現状
                0

                  前回の救命センター「カルテの真実」でも指摘されていました。寿命が世界一と認められるほど日本人は長生きし、同時に少子高齢化という人口構造の大変化に見舞われ、それに伴って国民医療費がますます増加の一途をたどっているのが昨今の日本です。地域の救急医療の最後の砦といわれる救命救急センターも受け入れられる患者数に限りがあります。厚生労働省の文書によりますと救命救急センターは「緊急性・専門性の高い脳卒中・急性心筋梗塞等や重症外傷等の複数科領域にわたる疾病等、幅広い疾患に対応して高度な専門的医療を総合的に実施する」ところであり「その他の医療機関では対応できない重篤患者の医療を担当し、地域の救急患者を最終的に受け入れる役割を果たす」べきところと定義されています。ところが実情は

                   

                  東京消防庁の救急車出動状況

                   ・救急車出動件数

                     平成21年 年間 65万5631件

                     平成26年    75万7554件

                     平成30年    81万8100件

                          *救急業務を開始した昭和11年以来、過去最多。

                           一日当たり約2241件、約39秒に1回の出動。

                   

                   ・問題点:119番通報から現地着までの時間がより多くかかるようになった

                   

                   ・特徴:高齢者の増加が著しい

                       特に75才以上が4割弱(38.3%)を占め、今後も

                       増加が予想される

                       救急搬送された人が軽傷と判断された割合は平成18年の

                       60.3%をピークに減少しているがそれでも平成30年は

                       54.5%と半分以上が入院を必要としない人々であった

                   

                  ある高名な先生が過日、ある会合でこれからは予防医学の時代であって、いかに病気にならないようにするかに金をかけることが肝要。救命救急センターに象徴されるような治療医学はもう役割を終えているのでは、と述べたそうです。最近の救急救命センターの入院台帳の年齢の欄には92才、76才、88才、90才、79才といった数字ばかりが並んでいるということも本に書いてありました。こうして家にいる機会が増えると毎日のように救急車両のサイレンが聞こえてきます。私の住んでいる場所が高速道・10号線・市内幹線道路が交わりアルメイダ病院や県立病院への搬送路に近いということもあって殆ど毎日何回も聞こえてきます。アメリカでは救急車は有料だといいますのでお金持ちしか使えません。昔から言われてきた「タクシー代わりに呼ぶな」をいつも徹底しておかないと、せっかくの制度がたちいかなくなるのではないでしょうか。救急車を呼ぶような状態になる前にもう少しご自分の身体に意識をもって欲しいというのが浜辺先生からのメッセージでした。

                   

                   

                  posted by: ちあやほーぶん | - | 07:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  救命センター「カルテの真実」
                  0

                    前回の話しへたどったそもそものきっかけは犂墨促吋△辰堂伸瓩箸いΕ侫ーラムでしたが、その時に基調講演された先生が救急医療にかかわったあと看取りの終末医師に転じた山崎章朗先生でした。『終末期医療』とは、人の命を全うさせうまく終わらせることを目的とする医療、一方『救急医療』とは命を救い生を継続させることを目指す医療なので両者のベクトルは全く正反対の方向を向いている、と著者の浜辺祐一先生は語っています。その過酷な救急医療現場・救命救急センターに30年もの間、現役として救急患者の命を救い続けてきた浜辺祐一先生が書いた「救急センター・カルテの真実」という本です。この本は4年前に書かれたものですが85年に東京都に救急救命センターが開設されると同時に救急医となり、99年に書いた『救急センターからの手紙』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しているだけあって体験談をもとにしたエッセイでありながらまるで手に汗握る人間ドラマ小説を読んでいるような感じでした。それほどおもしろく引き込まれたのです。著者の浜辺祐一先生がモデルの「部長先生」が新人医師や研修医と臨場感あふれるやりとりをします。救命救急センターに担ぎ込まれた患者さん、孤独死、無理心中、老親へのDV,虐待など様々な事情で運ばれてきた患者さんや家族が30年間という時代の変化の中で語られています。

                    posted by: ちあやほーぶん | - | 07:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    猜寝沙爿瓩魴泙┐襪燭瓩
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                      今なお上映されている映画『ぼけますから よろしく』で見た猩掘慌雜遶瓠⊆,縫侫ーラムで聞いた猖問診療瓩筬犂墨促吋↓瓩覆匹他人事ではなくなったと年齢を意識し始めた矢先、週刊エコノミストに毎週掲載されている「社会保障制度」シリーズの中でここ2週間にわたって長い間外科医として現場で働いた後、現在は養護老人ホームの常勤医をされている石飛幸三先生の考え方が紹介されていました。その1回目のタイトルが「平穏死を迎えるために 延命至上主義からの脱却を」でした。この問題も他人事ではありません。年間の死亡者数が130万人を超える「多死社会」の中、延命治療の限界を認め人として安らかな最期を迎える「平穏死」を提唱しています。「人生最期の迎え方がその時代の文化を示す」のだそうです。今の日本は世界でも有数の超高齢社会となり、科学の進歩により治せる疾患も増えました。しかし猩型雖瓩麓然の摂理であり、その老衰に対しどこまで医療を施すかが問われていると先生はおっしゃるのです。こういう話も書いていました。2000年の三宅島噴火で避難してきた認知症のおばあちゃんが肺炎を併発し経鼻胃管で栄養を補給したところ、島から来た息子さんが「島ではこんなことはしません。水だけそばに置いておきます。本人に生きる力があれば自分で手を伸ばして水だけ飲んで1か月は生きます」と泣きながら先生に訴えたことがあったそうです。「食べないから死ぬのではなく、死ぬのだから食べない」という三宅島に伝わる捉え方。医療用の麻薬についても、自然死の場合は犲然の麻酔瓩かかる、最期には水分も栄養も受け付けなくて眠って眠って苦痛なく旅立たれる、そこで石飛先生はこうした自然な老衰死を「平穏死」と名付けていました。そういえば私たちの子どもの頃はおじいちゃんやおばあちゃんは畳の上のフトンの中でいつの間にか亡くなっていて、その一部始終をそばでごく自然に見ていましたね。

                      そして翌週号では医療費は税金から控除されるのに介護費は控除の対象にならないという制度の欠陥を指摘。また全国に約1万ある特別養護老人ホームのうち常勤医を置いているのは約100の施設しかなく、これは全体のたった1%に過ぎないという現状も報告されていました。がんも動脈硬化も経済発展や物質的に豊かな生活が実現したことにより人々が長生きし高齢社会になった証しなのだから、そうした病も「なるがまま」を受け入れ人間らしい終わり方をすべきではないか、そろそろ我々は老いをあるがままに受け入れて生きる「心の時代」になったことに気づくべきだと結んでいます。

                      医療関係者のみなさんは「患者を治す」という目標に向かって最善を尽くそうと努力なさるのでしょうが、それが「延命至上主義」につながっているのかもしれません。私たちのエンディングノートにそろそろ猜寝沙爿瓩魴泙┐燭ぁ△判颪必要がありそうです。

                      posted by: ちあやほーぶん | - | 07:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |