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内田裕也さん、死去
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    一人の人間の生活にそんなに毎日ドラマはありませんので、このブログを書くため時に取材することもあります。まあだいたい自分の生活の中の音楽・映画・釣り・旅・美術館・本などがキーワードになりますがその本、樹木希林さんのベストセラー「一切なりゆき」を読みすぐにここに書くつもりでいましたが毎日の動きに追われているうち、何と彼女のだんな・内田裕也さんの訃報が届きました。彼女の死から半年後なのですね。車いすの内田裕也さん、皆さんご存知の通りの彼らの家庭生活。女優・悠木千帆さん時代から少し気になっていた俳優さんが何と内田裕也さんと結婚するなんて当時は信じられませんでした。しかも1年半後に別居、40年以上同居なしの夫婦関係だといいます。それでもやはり夫婦の絆は強かったのでしょうね、妻の死後半年であとを追うように亡くなるなんて。

    1973年から毎年行なっている裕也さんご自身が主催する恒例の年越しライブ「ニューイヤーワールドロックフェス」では今年2019年の新年を迎えた一曲目に亡くなった奥さんの樹木希林さんが生前「人生の最後に聞いて逝きたい」と語っていたという「朝日のあたる家」を歌ったということです。ここにも2人の強いきずなを感じました。

     

    そもそも内田裕也という人は、私が社会人としてスタートした時から注目いた人でした。私が放送局に入社した1968年をピークに日本国中GSブームが吹き荒れとんでもないことになっていた中での新社会人です。ブームにのって100以上のグループができたり消えたりしていた中で、入社したばかりの私はスポンサーを見つけてきて週一回30分のGSだけをかける番組を作りました。タイガースやスパイダースなどの人気グループにリクエストハガキが殺到する中で、横浜の「ザ・ゴールデンカップス」や「内田裕也とフラワーズ」は個人的な好みから毎週のように曲を流していたのです。ディブ平尾やエディ藩がいたゴールデンカップスはオリジナル曲はもちろん、マディ・ウォーターズやウィルソン・ピケット、ヴァン・モリソンなどの曲を全曲英語でカヴァーして歌っていました。そしてウエスタンカーニバルでデビューし1966年のビートルズ初来日公演では前座を務めた内田裕也とフラワーズ、のちの「フラワートラベリンバンド」はこちらも全曲歌詞は英語で歌います。しかも旋律は東洋的な曲奏で当時は珍しいサウンドで個人的にもほれ込んでいました。彼らはカナダでも成功を収め海外進出の先駆的な存在として、また日本のロックンロールバンドの最高峰としてその名を日本のロック史に残しています。

    彼自身のドキュメンタリー作品「転がる魂 内田裕也」では樹木希林さんがナレーションを担当しているそうなので観るのが楽しみです。

    posted by: ちあやほーぶん | - | 08:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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