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強風、水害への備えを見直す年
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    今週月曜日の県南部を襲った豪雨には本当にびっくりしました。1月下旬のこんな時期にですよ、大雪ならまだしも1時間に120ミリもの大雨だなんて聞いたことがありません。

    被害にあった県南部はここしばらくは行っていませんが若い頃からの釣りでいつも通った場所です。佐伯から蒲江に抜ける轟峠(ここでは早朝よく鹿の姿を見かけていた)や畑野浦の海沿いの道、青山小学校そばの道路など、報道写真で見る被災現場はいつも車で走っていたところです。爐泙気この時期にこんな大雨が瓩閥辰ばかりです。

     

    爐泙気、まさか瓩力続です。これもやはり地球温暖化の影響なのでしょう。気象庁が温暖化が最悪のシナリオで進行した場合をシミュレーションしていましたが21世紀末には日本の南海上からハワイ付近およびメキシコの西海上にかけて猛烈な熱帯低気圧の出現頻度が増加する可能性が高い、と発表していました。

    今現在でさえ予測不能な気象が続いていて被災地では何年間もあちこちの屋根の上にブルーシートがかかったままという光景が目につきます。強風で屋根が飛ぶなどの被害が続出していますが、今「「屋根工事のやり方」が注目されているのだそうです。被災の有無の分かれ目は「屋根の工事が2001年以前か以降か」だといいます。というのは阪神淡路大震災を受けて示された「瓦屋根標準設計・施行ガイドライン」に則っていたかどうかで被災の程度が違う、震度7の巨大地震に耐える目的で設けられたこのガイドライン以前の屋根は一定以上の風量には全く対応できないとのこと。

    こうした強風被害に加え,水害も強烈です。今回の県南の場合もそうですが日本の河川は他の国と比べて圧倒的に急こう配で流れていますので洪水時と平時の水量差がとてつもなく大きい、だから堤防が一旦決壊でもしようものなら広範囲にわたって被害が広がるというわけです。

    こうした中、この4月から住宅向け火災保険で「住宅が高台などにある契約者の保険料は1割近く割引き、床上浸水のリスクが高い川沿いや埋め立て地などに住む契約者の保険料は3〜4割高く設定する」と発表した損保会社も現れました。

    大地震もそうですがハザードマップなどで風水害の可能性を知り必要な対策を立てなければならなくなりました、いよいよです。

     

    大分市内を流れる1級河川「大分川」の河原の景色

    手前に河川敷道路、緑の部分は本来は川の中のはず

    手前は草が中心だが上流の川の中には灌木が森のように茂っている

    芦原なら大水でも流れには影響しないだろうがこれほどの灌木だと

    何らかの障害起きるのではないか、と前々から気にかかっている

    この川の浚渫は必要ないのか、誰も心配しないのか、不思議だ

    滝尾橋下流付近、完全に森の状態、素人が見てもこれは危ない

    あの辺りの海抜は相当低い、これが障害物にならないことを

    posted by: ちあやほーぶん | - | 07:11 | comments(0) | - | - | - |
    なぜ 時代小説が売れるのか
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      この出版不況の中で「文学作品が売れない」状況が続いていますが「例外的に売れている」ものの一つに「時代小説」があります。戦国時代や幕末動乱を描いた小説は枚挙にいとまがないほど書かれ、しかも売れています。若い作家たちや女流作家たちも次々とこのジャンルに参入しています。こうした時代小説が好まれる理由について前回ご紹介した「街場の読書論」の中で著者の内田樹さんは次のように述べています。

      ― 時代小説がとりわけ選好される理由が私にはわかる気がする。どれほど現代人のような人物造形をしても、社会システムが違う以上、その立ち居振る舞いや理非の決断について「現代人のまま」を適用できないからである。その物語世界では私たちにとって異邦的な制度(主従関係や士道倫理)がリアルであり、私たちがもう忘れたもの(夜の底なしの闇や足をとられるぬかるみ)が切迫するところを書かなければならない。読者たちは、そこで現実とは違う世界にしばらくの間、身を浸すことができる。そこからつかのまの解放感を得ているのではないか。私はそんなふうに考える ― 

       

      作家・あさのあつこさんの作品はあのベストセラーとなった「バッテリー」から読み始め、こうした時代ものシリーズも楽しみにしています。彼女の時代小説「闇医者おゑん秘録帖」や「燦」シリーズ、「花亭」「かわうそ」などは殆ど読んでいて、この「おいち不思議物語り」シリーズも「桜舞う」「闇に咲く」に続いてこの「火花散る」を読みました。

      江戸を舞台に町医者で蘭方医「藍野松庵」の娘「おいち」を主人公にした人情ミステリーシリーズ。この世に思いを残して死んだ人の姿が見える猊垰弋弔頁塾廊瓩鮖つ少女・おいち。貧しくとも互いに助け合いながら送る江戸庶民のつつましやかな生活や優しい心根が伝わってくる物語りの数々です。もちろんノンフィクションのミステリー、しかも肩のこらない展開ですので一気に読み終わってしまうというのが毎回の繰り返しです。内田先生も指摘していましたが、読者である私たちは現実とは違うもう忘れた世界に浸りつつ、つかの間の解放感に満足しているのかもしれません。

      posted by: ちあやほーぶん | - | 07:17 | comments(0) | - | - | - |
      「街場の読書論」
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        タイトルに惹かれてもっと身近な本と思って手にしたのが内田樹さんの「街場の読書論」でしたが相当な難物でした。いつもは本篇を読み終えた後に「解説」や「あとがき」を読むのになぜか今回は「あとがき」を先に読んでしまいました。そしてそのあとがきの一部をセミナーのテキストとして使わせてもらいたくなりそうなると本編をしっかり読みこんでいないと厄介です。というわけで読もうとしたのですが著者の内田樹さんご当人も「私の文章は決して読みやすいものではない(漢字が多いし英語も使い過ぎる)」と書いているように相当な難敵でした。内容は内田さんの書いた「書物」について、広くは「書くこと」についてのエッセイなのですが、まず第一章の最初の文章は「世の中には『箴言(しんげん)』として書きとめておきたい文句が数頁に一度出てくる小説がある」で始まっていますがとにかく難しい、漢字も言い回しも、こんな本を思想書というのだろうか、読んだことはないがひよっとすると哲学の本もこういう本なのではないか、などと思いながら最後まで読み終えました。大変でしたが、なぜか途中で投げ出したくなかったのです。

        例えば第一章の犹笋遼榁瓩法崗説を読むというのは(哲学でも同じかもしれないけれど)、別の時代の、別の国の、年齢も性別も宗教も言語も美意識も価値観も違う、別の人間の内側に入り込んで、その人の身体と意識を通じて、未知の世界を体験することだと私は思っている」なんていう記述が出てきます。また「3月11日の福島原発事故はまさに『生き延びようとする必死の努力』によって生き延びる可能性そのものが減じていくという『世界の終わり』の語形をなぞったもののように思えました。これまで物語の世界でしか知らなかったことが『これでほんとうに現実になったのだ』というのがそのときの実感でした。『世界の終わり』をどう論理的かつ倫理的に生きるか、それがすべて『世界の終わりの物語』の主題ですが、それを物語りとして享受する時代が終わり、私たち自身にとっての切迫した主題になった。そう感じています」といった言葉。そして何度も出てくる福沢諭吉の考え方。あるいは中津川市の木造建築専門の中島工務店や中島紀子社長のことなど、次から次へと展開し読むのを止めるどころではありません。しかも何と何と犖彪を撫す(ぶす)瓠崚瓩鯢錣靴橡阿ないというのは、たぶんある種のコミュニケーションがそこに成立するからであろう」と堂々と「撫す」という言葉が登場していました。私のブログで今月13日に触れたばかりの言葉「撫す」、新聞の全国版のスポーツ記事で使われていて私自身は読めないし意味不明として取り上げた言葉でした。そうなのですね、このような著名な学者でも使う言葉なのですね、驚きました。

        こんな記述もあります。「日本の政治家たちが急速に幼児化し、知的に劣化しているのは、すべての生物の場合と同じくその方がシステムの管理運営上有利だと政治家自身も有権者も判断しているからなのである。チームでシンプルな政治信条を怒声をはりあげて言い募るものが高いプピュラリティを獲得する。私たちの政治環境は現にそのようなものになりつつある。このポピュリズム化趨勢はおそらくこのあととどまることなく進行するだろう」と。また「大人」になるために、の中に「それから30年経ち、人間的成熟の訓練の機会を失った日本人は恥ずかしいほど未熟な国民になりました」とも書かれています。

        そしてそして、私の大好きな時代小説が、この出版不況の中にあってもなぜか例外的に売れ続けていることのわけも説明されていました。

        とても難しい表現と内容でしたが「言葉が伝わるというのはどういうことか」がよく理解できた一冊でした。で、安心してこの後、スタンバっているあさのあつこさんの時代小説「おいち不思議がたり 火花散る」が読めます。

        posted by: ちあやほーぶん | - | 07:15 | comments(0) | - | - | - |
        狃擦澆燭づ勅豊瓠)後高田市と臼杵市 再び、高評価!
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          移住者向け月刊誌、宝島社の「田舎暮らしの本」2月号で発表された爍横娃隠糠 住みたい田舎ベストランキング(人口10万人未満)瓩破後高田市が総合部門第1位に選ばれ、全国の自治体で唯一初回から7年連続でベスト3入りを果たしたということです。又、臼杵市も2年連続で総合3位、シニア世代と若者世代の部門別では2冠を達成しています。

          全4部門「総合」「子育て世代」「若者世代」「シニア世代」のうち、豊後高田市が「総合」と「子育て世代」、臼杵市が「若者世代」と「シニア世代」でそれぞれ第1位を占めました。

          豊後高田市の総合1位は2年連続、今回のシニア世代でも2位。臼杵市の若者世代1位は3年連続、シニア世代1位も2年連続、今回の子育て世代でも2位に入っています。

          両市とも移住定住者へ積極的な対応をとっており、豊後高田市は放課後や土曜日に子どもたちが無料で利用できる塾を開講している他、子どもの養育支援も充実していて0才〜5才の保育料・高校までの医療費・中学までの給食費はいずれも無料、住宅新築や引っ越し費用の支援なども設けていて、2011年度からの7年間で292人の人口増を達成。

          又、臼杵市は若者世代向けの住宅補助やシニア世代がボランティア活動に取り組みやすい環境整備、2019年には妊産婦を対象に医療費の自己負担額の女性もはじめています。

           *移住者の推移

             豊後高田市 2015年(110人)→2016年(122人)

             臼杵市   2015年( 57人)→2016年( 66人)

           

          別に、ふるさと回帰支援センターのアンケート結果というのがあり、

           『移住希望地都道府県別ランキング』で、大分県は2016年度の結果は7位とベストテン入りしていました。

           

            ちなみにベスト10は 

                                         前年

             1位 山梨県 ( 2位)

             2位 長野県 ( 1位)

             3位 静岡県 ( 4位)

             4位 広島県 ( 6位)

             5位 福岡県 (20位以下)

             6位 岡山県 ( 5位)

             7位 大分県 ( 9位)

             8位 新潟県 (15位)

             9位 長崎県 (12位)

             10位 宮崎県 (10位)

          posted by: ちあやほーぶん | - | 07:06 | comments(0) | - | - | - |
          ストリートシャッフル、 34年目
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            彼らにとってはじめての試みという、生音での爐ふくマサミチ瓮薀ぅ屐

            普段着でぶらっとお越しください、という案内でJR別府駅西口から徒歩5分、ホテル白菊の向かいにあるお菓子の菊屋シャンテドール2階の貸ホールにはじめて行きました。白菊には食事と温泉で時々来ていますので菊屋さんがあるのは知っていましたが2階がグランドピアノがでんとおいてある貸ホールとは。今回はマイクやアンプなどの拡声を使わない完全生音のライブです。ホール天上の中央部が間接照明のため数段高くなっている構造のせいかふくちゃんの生音声に微妙なエコーがかかったような効果が出ていました。しかもマサミチさんのグランドピアノのパワーに引けを取らないふくちゃんの伸びのある生の声、何かすごいサロンコンサートになっていました。これでアルコールがあれば言うことなしです。

             

            パイプ椅子を並べるなどの会場作りから受付まですべて自分たちで

             

            それにしてもこの日は最初から何か歯車が合っていなくて、まず別府駅前で昼食をといつもの天丼のお店に行ったら移転していたり、別府公園で時間をつぶして開演30分前に着いたのにお客さんやフクちゃんたちの姿はなし。ハガキをよく見直すと1時間早すぎた、時間を間違っていました。またまた別府公園へ。帰りもそうです。大分駅からバスの接続がいい別府を出る普通電車に乗り込んだまではよかったのですが出発時刻になっても動き出しません。そのうち車内アナウンスで大分の牧と高城間で人身事故があったので只今、大分駅ホームは電車で満線です、このまましばらくお待ちください、ときました。結局、大分駅に着き次のバスが来るまでの30分間を寒風に身をさらすことになりました。と、夕食の時にことの成り行きを話していたらカミさん曰く「大分駅の建物の中でもスタバでも待つところはたくさんあったでしょうに」だって。

             

            手前が菊屋シャンテドール、道路の向こう側にホテル白菊

             

            あっ、そうそう今日は福ちゃんと高妻さんのライブリポートでした。いやーすごかったです。高妻さんのグランドピアノと福ちゃんの生ヴォーカルのせめぎ合い、というかぴったり呼吸が合った即興曲の数々、ヴォーカルに微妙なエコーがかかっていて何だか教会で演奏を聴いているような感じでした。時々ピアニカに楽器を持ち替えて福ちゃんのブルースに寄り添う高妻さんのセンス、やはりお二人にとってこの34年という歳月はお互いの音楽観を認め合い尊敬し合う時間の積み重ねだったのでしょうね。つい先日まで大分市内で上映されていた映画『イエスタデー』にちなんだのでしょう、立ち上がりの数曲はビートルズナンバーです。そしてできたばかりの新曲2曲を披露、スプリングスティーンの名曲「COVER ME」をもじった「COVER爍廝腺裡圈。截廊瓧唯邸廚髪撚茵悗海寮こΔ痢,気蕕砲いつもの 片隅に』に寄せて書き下ろした古典調の歌詞で「遠き夢 夢はるか」の2曲。そして映画『この世界の片隅に』を観てひらめき歌い続けている「かなしみの星」、去年七回忌を迎えた伊太地山伝兵衛さんとのエピソードを交えながら「川沿い帰り道」、中島みゆき「そば屋」等々、

            グランドピアノが常設されている貸ホールなので普段からこうした演奏会に利用されているのでしょう、別府公園に隣り合った静かな環境の中で殆どが女性という約50名ほどのお客さんたち、彼らの生の音に心を奪われているさまが手にとるように伝わってきました。

            福ちゃんの案内ハガキには「今年も身体の続く限りがんばります」と書いてました。

             

            福ちゃんの筆で「写真・動画はご遠慮下さい」と書かれていた

            天井の照明のための段差が微妙なエコー効果を生んでいた

             

            posted by: ちあやほーぶん | - | 07:15 | comments(0) | - | - | - |
            日本はすでに移民国家
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              前回の身近な外国人というと、最近は調べ物をするとき紙の辞書ではなくつい簡単なネットに頼ってしまいがちです。情報でもそう、そしてついつい他のタブを開いていてネット空間をさまよっている、こんなものを見るつもりではなかったのにと随分時間がたっていることに驚くことがままあります。その点、紙の本だとそれだけをじっくり味わうことができると感じるのは私の年齢のせいばかりではないような気がします。

              最近読んだナディ著「ふるさとって呼んでいいですか 6才で『移民』になった私の物語」という本もそんな一冊でした。著者のナディさんは6才の時にイラン・イラク戦争後の混乱から逃れるため家族5人で(両親は出稼ぎ目的でしたが)観光ビザで日本にやってきました。在留資格を持たない外国人は行政や医療などとアクセスできません。それどころか警察に見つからないようにビクビクしなから生きています。そんな生活を送っていた彼女に公園で友だちができ地域ボランティアとのつながりもでき、日本語を学ぶために続けたスピーチコンテストで学校に行きたいと強く訴えます。その結果、多くの人々の支えもあって学校へ通えるようになりました。そして高校時代に待望の在留特別許可も受けることができ、はれて日本で生きていくことができるようになりました。そんな彼女の現在のアイデンティティは「イラン系日本人」だそうです。イラン人の両親から生まれ日本で育ち、日本で新しい家族を作り私たちの隣人として暮らしています。こうした国内で進む国際化を彼女は『内なる国際化』と呼んでいますがこうした異文化ルーツを持つご当人が自らの体験を詳しく綴っているのがこの本です。コンビニやお店など私たちの日常生活でもごく普通に見かける異文化ルーツのみなさん。政府の統計では273万人の在留外国人が日本国内にいることになっています。ただこの数には外国籍を持つ人しか入っていません。日本国籍を取得した人や両親のどちらかが外国人で日本国籍の子どもも含めると約400万人が日本以外の国や地域にルーツを持っているといわれます。更にその他に在留資格(ビザ)のない外国人は2019年1月時点で約7万4000人いるといわれますが実態はそれ以上でしょう。少子化と労働力不足で外国人を必要としている現場に対し、政府は今も建前上は『移民受け入れはしない」といいます。ところが現に多くの外国人がいろいろな名目で日本で働き生活しています。「移民ではない」という建前は「本気では受け入れ政策を進めませんよ」という言い訳にすぎないわけですがその矛盾が国内のあちこちに悲劇をもたらしています。もういいかげん現実をはっきり認める時がきているのではないのでしょうか。先のラグビーの日本チームの構成員もみての通りです。

              彼女のご両親がいつまでも漢字が読めないということもあるのでしょう、この本はすべての漢字にルビがふってあります。日本語を学ぶテキストとしても、またある程度年令の高い子どもたちの児童書としても使えそうです。

              posted by: ちあやほーぶん | - | 07:12 | comments(0) | - | - | - |
              成人式の外国人
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                その昔は1月15日が成人の日でその日に式典があると決まっていましたが今は1月の第2月曜日となりましたので今年は13日の成人の日より前日の日曜日、12日に新成人の集いを行ったところが多かったようですね。

                総務省の発表では新成人の数は約122万人で前年より3万人少なく総人口に占める割合も10年連続で10%を下回ったそうです。一方、大分県内では1万1268人が新成人を迎えましたが、こちらも記録が残る2001年以降では最も少なかったといいます。

                ところで各地で行われた成人式というイベントですが例えば別府市もそうですが、その都市に住んでいる20才の外国人は住民票がなくても新成人と申し込めば式に参加できるというところが殆どだったようで、当日のTVニュースでは振袖を着た外国人女性がとてもうれしそうな表情でインタビューに答えていました。20才で成人というとらえ方は日本の他には台湾やタイ、ニュージーランドくらいしかないそうで、しかも20才の人がみんなで集まって祝うなんて習慣も少ないようです。ちょうどその時、日本にいた留学生などが出席できて大喜びするはずですよね。日本の着物を着たりそれぞれの国の伝統衣装を身に付けて参加していました。平和でとてもいい光景です。

                例えば東京都では国籍を問わず区内に住む20才の人を「新成人」として式への案内状を送付しているそうですが、去年の例でみますと東京23区は8人のうち1人が外国人、特に多い新宿区は2人に1人、次が豊島区で3人に1人、他の区でも2割を超えているところはざらで5年前にくらべて2倍以上急増している区もあるそうです。

                国内労働者に占める外国人の比率を示す「外国人依存度」が2009年から2018年にかけ2.4倍も急速に進んでいる現状や、平成30年の大学や専門学校などに通う外国人留学生の数も約30万人と前年より12%も増えているというのが現実です。すでに私たちの身近な日常生活でもコンビニなどでは外国の方々が対応していますが先日のラグビーW杯日本代表チームのようにこれから先、ますますいろいろな国の人たちと共に日常生活を送るというのがごく普通の風景になっていくのでしょうね。

                 

                JR大分駅からホルトホール方向

                別府公園

                posted by: ちあやほーぶん | - | 07:18 | comments(0) | - | - | - |
                同じ食べものでも呼び名が違う
                0

                  伝統料理「ぬかみそ炊き」で思い出したのがいつも小倉で食べている駅の立ち食いうどん、それも七番ホームのうどんです。同じ会社のうどん屋さんが駅には3カ所あります。大分からソニックが到着する4番ホームと大分へ発つ7番ホーム、それに4番ホームから改札口へ向かう2階通路の右側にと駅構内に3カ所同じうどん屋さんがお店を出しています。でもなぜか7番ホームのうどんに足が向いてしまいます。福岡県内版の新聞でも取り上げられていましたが一番人気は7番ホームのうどん屋さんですって。お店の方に聞いてみたのですがどうやらお客さんの多さと回転が早いことに原因がありそうですがその辺ははっきりしません。

                  そこのうどんは鶏肉の入った肉うどんですが、うどんといえば「かけうどん」のことを「素うどん」といいますよね。いろんな具は入っていません。熱いだし汁をかけただけのうどんです。同じものですが主に関東では「かけうどん」、関西では「素うどん」ということが多いそうです。関東ではだし汁にカツオの濃口醤油、関西では昆布の薄口醤油を使う事が多いので同じものでも味や色に違いがあるようです。

                  そういえば「肉まん」と「豚まん」も同じような商品の名前です。関西では一般的に「肉」というと牛肉を指し「肉まん」というと牛肉たっぷりのおまんじゅうを意味するので、豚肉の入ったおまんじゅうのことを「豚まん」といい豚肉を強調したのではと言われています。最近のコンビニでは「肉まん」と「豚まん」の両方を売っています。セブンイレブンでは肉が具材の中華まんを「肉まん」、豚肉がつまったものを「豚まん」と言っているそうです。で、豚肉の質や量、カットの大きさの違いで「豚まん」の方が質がよく値段も高いとのこと。

                  では「串揚げ」と「串カツ」はどうでしょう。関西では串カツと串揚げの区別はなく、魚介や野菜に肉を竹串にさしパン粉をまぶして油で揚げたものの総称みたいです。「串揚げの店」とか「串カツ専門店」といってさまざまな食材を使った揚げ物のメニューを指しています。一方、関東では豚肉(牛肉)と玉ねぎを交互に竹串にさしてパン粉をまぶして揚げた物を「串カツ」といい「串揚げ」はお肉や野菜、魚介などの食材を竹串の先にひとつさしてパン粉をまぶして揚げたもの、という明確な違いがあるようです。

                  「炊き込みご飯」と「かやくご飯」も同じようなものですよね。殆ど同じご飯のことを言っているのですが関東では「炊き込みご飯」あるいは「五目ご飯」、関西では「かやくご飯」ということが多いのだそうです。

                  「かやく」とは主に関西で五目飯やうどんに入れる肉や野菜といった具(ぐ)、種(たね)のことをいいます。漢字では「加薬」と書き、由来は漢方薬の効果を高めるために加えた補助的な薬のこと、そこから料理に加える薬味的な役割をするものを「加薬」というようになった。カップラーメンにも乾燥させたこの「かやく」が入っています。

                  ちなみに「かやくご飯」は関西風の味付けなので仕上がりは薄口の傾向にある、とは「うどん」と同じです。

                  何だかこう、食べ物ってを思出いているだけで幸せ感いっぱいになりません?

                   

                  posted by: ちあやほーぶん | - | 07:26 | comments(0) | - | - | - |
                  カブの爐未漬け
                  0

                    言葉というと、セミナーで使うテキストを本屋さんや図書館でいつも探しています。ちょっとエッセイを使いたいと思って先日手にしたのが小池真理子さんの「食」のエッセイでした。作家さんなのに本当に料理を作るのがお好きな方なのですね、文章からひしひしと伝わってきます。文中には肉じゃが・ミネストローネスープ・けんちん汁・切り干し大根の煮つけなど料理の名前がたくさん出てきます。私たち話者は作家が書いた料理の品々をどういう風に言葉でお皿に盛りつけるかを意識しながら声に出すわけですが、その気持ちと表現によって味まで違ってきそうな気がします。

                    その彼女の料理の中にカブの爐未漬け瓩箸いΔ里ありました。爐未瓩箸いΔ隼笋僚仗斑蓮小倉の郷土料理にカブなどの野菜を漬けるぬか床の爐未瓩修里發里鮖箸辰得諜を煮る爐未みそ煮瓩箸いΔ里あります。爐未漬け瓩楼貳姪に行われていますよね、漬け込まれた野菜の凝縮されたうまみがぎっしりと染み込んでいてとてもおいしい。爐未みそ煮瓩呂未を使ってイワシやサバなどの青魚を煮るのですがぬかの香りが魚のにおいを消し、しかもぬかも一緒に食べるという料理です。これもいいですよ。私が住んでいた地域や街の中心部ではごく普通に爐未みそ煮瓩噺世辰討い泙靴燭いつの間にか「ぬか炊き」だとか「じんだ煮」と言われるようになりました。おそらく「ぬかみそ」といった時の語感が嫌われたのでしょう。まあ「ぬか炊き」はそれほど抵抗はありませんが「じんだ煮」っていったい何?と思ってしまいます。「かにみそ」のように固有名詞ととらえれば何の問題もありません。だって爐未みそ煮瓩鮑遒襪未は毎日まぜるなど手をかけ各家庭で大事に大事に育て、その家に代々伝わってきたものです。追加する「ぬか」そのものも厳選したぬかしか使いません。

                     

                    これもネットで検索してみました

                    ・小倉の名物料理は「じんだ煮」で、「ぬかみそ炊き」ともいってイワシやサバなどの

                       青物を漬物を漬けるぬか床と一緒に炊き込む料理

                    ・北九州の一部地域では「じんだ煮」とも呼ばれる

                    ・「じんだ」とは「ぬか」の意味、小倉独自の製法の日常食の伝統の味として現在に

                     受け継がれている

                     

                    そこで「じんだ」とはそもそも何か、を広辞苑で調べてみました。

                     漢字では「糂粏」「糂汰」「糝汰」と書き

                     ・五斗みそ、じんだみそ のこと

                     ・糀谷(こおじ)と糠(ぬか)と塩をまぜならした食品

                     ・じんだ瓶(がめ)…ぬかみそを入れたつぼ

                            徒然草に「糂粏瓶一つも持つまじきことなり」とある

                     

                    「サバのぬか炊き」、「イワシのじんだ煮」、「牡蠣のじんだ煮」というのも見かけましたしキビナゴ・チリメン・ワカメの茎・タケノコなどもぬかで炊いて売っていました。

                    小倉の街では旦過市場内でもたくさん見かけますし専門の料理屋さんもあります。私たちにとっては手軽で安価な庶民料理でしたが専門店ではすっかり郷土料理としての風格さえ漂わせています。

                    「腕を撫す」の「撫」や「糂汰」の「糂」など、やはり読めませんねぇ。

                     

                     

                    posted by: ちあやほーぶん | - | 07:13 | comments(0) | - | - | - |
                    「腕をぶす」
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                      実はきのうの全国紙の朝刊のスポーツ欄の記事にこの「TLに備えて腕をぶす」という表現があったのです。

                      ラグビーの日本最高峰、トップリーグ(TL)の開幕日の昨日の記事、南アフリカやニュージーランドから国際クラスの選手が日本のトップリーグのチームメンバーとしてやってきますのでその選手たちの名前をあげ、その他のオーストラリアやサモアから参戦する選手たちもTLに備えて腕をぶす、という内容の記事でした。

                      えっ?これってどういう意味?カミさん曰く、「誤字か変換ミスじゃないの」。

                      早速、広辞苑や三省堂国語辞典で調べてみましたが、「ぶす」…すきでないこと、もちろん「醜女」でもないしそれらしい言葉はありません。また腕で調べても「腕を組む」「腕を引く」「腕を振るう」「腕を磨く」しか出てきません。

                       

                      そこでいつものようにネットで検索すると

                      「腕をぶす」は腕をなでさすりして大一番に備えるという意味。

                      「腕ぶすマエケン」などスポーツ面を中心に時々でてくる。

                      しかし一般的にには使われず分かりにくい表現。

                      一部の辞書の「腕」のところに「腕を撫す」『腕をさする』に同じ」とある。

                      「腕をさする」は「自分の力を発揮したくて機会をまつ様」のこと。

                      「撫す」が常用漢字にないので平仮名を使っている。

                       

                      とあり、新聞のスポーツ記事で使われその都度問題になっている表現、

                      別の言い方を、言葉を使うすべきだ、と書かれていました。

                       

                      そうなのですね、知りませんでした。

                       

                      この表現、というか言葉遣いに関連して「固定概念」も取り上げられていました。

                      イチロー選手について「打撃理論や体格など野球界の固定概念への挑戦」という新聞記事です。

                      読者から「固定観念」の間違いでは、という指摘があったそうです。

                      「観念」は「どうしなければならないものか、ということについての考え」

                      「概念」はもともとは哲学用語で「おおよその理解や意味」

                      だから

                      指摘にあった文章では、イチロー選手が挑戦したのは「打撃はこうあるべきだという固定した

                      考え」という感じで使われているので「固定概念」が全く違っているわけではないが

                      「固定観念」の方がふさわしい表現ではないか、というものです。

                       

                      というふうに前々から問題になっていた言葉遣いだったのですね。

                      だったら何で今更、堂々と記事に出てくるのでしょう、不思議です。

                      「腕をぶす」 いやー説明を聞いた今でもよく分かりません。

                      日頃から言葉には特に注意深く接しこんなに長く生きている人間にも通じない言葉を書く記者、それを問題なく通す校正担当者、いやはやどうなることやら。

                       

                       

                       

                       

                      posted by: ちあやほーぶん | - | 07:26 | comments(0) | - | - | - |